ドキュメンタリー映画「ビバ・マエストロ!」: ドゥダメルの音楽と挑戦
ドキュメンタリー映画「ビバ・マエストロ!指揮者ドゥダメルの挑戦」公開
ベネズエラ出身の指揮者、グスターボ・ドゥダメル(43)の活動を追ったドキュメンタリー映画「ビバ・マエストロ!指揮者ドゥダメルの挑戦」が10月4日に公開される。ドゥダメルはロサンゼルス・フィルの音楽監督を務め、日本でも多くの音楽ファンに親しまれている。この映画は、ドゥダメルの信念に基づく音楽の力を、その生き方を通して鮮やかに見せてくれる。
音楽教育システム「エル・システマ」
ドゥダメルは1981年、ベネズエラのバルキシメトに生まれた。父はトロンボーン奏者、母は声楽家で、幼少期から音楽に親しんでいた。彼が教育を受けたのが、映画の中で主題の1つとなっているベネズエラの「エル・システマ」という音楽教育システムだ。このシステムは1975年に、当時文化大臣を務めていたホセ・アントニオ・アブレウ氏によって創立された。国中の子供たち、特に貧しい環境にいる子供たちにも、無償で楽器を与え、早期に音楽教育を受けさせることを目的としている。アブレウ氏は音楽学校を作り、ベネズエラの英雄シモン・ボリバルの名前を冠したオーケストラを設立した。
ドゥダメルはアブレウ氏に指揮を学び、「アブレウ先生こそが指揮、そして音楽の世界の本当の世界を見せてくれた。その宇宙を理解し可能性に気づかせてくれ、それをどう生かすか教えてくれた」と映画の中で語っている。
世界の舞台へ
世界はドゥダメルの才能を見逃さなかった。彼は一流の指揮者たちの教えを受け、デュトワのマスタークラスを受け、ベルリン・フィルでラトルのアシスタントを務め、アバドにはマーラー室内管弦楽団に招かれた。2004年、第1回マーラー国際指揮者コンクールで優勝。2009年には28歳の若さで名門ロサンゼルス・フィルの音楽監督に就任した。2026年からはヒスパニック系で初めてニューヨーク・フィルの音楽監督になることが決まっている。
映画の内容
映画は2017年、ドゥダメルが「史上最年少でウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを指揮」などと称賛される新聞記事とともに、音楽監督を務めるシモン・ボリバル・ユース・オーケストラの演奏風景を映し出す。ドゥダメルは「ベートーベンの音楽が教えてくれるのは、愛する気持ちや戦う心、人生の探求心。交響曲第5番は出だしから問いかけられ。とても強い4つの音による問いかけだ。この音には意志がある。フェルマータに緊張感を」などと楽員に語りかける。カメラはオープンなドゥダメルのあらゆる場所に入り込み、オーケストラが指揮者とともに創造性を獲得する過程、秘密を明らかにする。メンバーのドゥダメルに寄せる信頼に満ちた表情が印象的だ。
逆境でも歩み止めず
ドゥダメルの祖国ベネズエラは混乱の極みにあった。2017年には反政権のデモの嵐が吹き荒れ、多くの死傷者を出した。政治的発言を避けていたドゥダメルは「社会変革の一手段として音楽と芸術に人生をささげてきました。暴力に反対します。弾圧に反対します。流血が許されてはならない」などとする声明を出した。その結果、ベネズエラ・ユース・オーケストラの米国ツアーなどが突然中止され、ドゥダメルはベネズエラに入国できなくなった。それでもユース・オーケストラのメンバーにオンラインで「でもやり続けてほしい。君たちは未来の象徴であり、可能性そのものだから」と話しかける。ドゥダメルは困難な逆境の中でも歩みを止めることはない。さまざまな方法で若者たちの支援を続ける。
芸術の存在価値
映画にはベートーベンの交響曲第5番やプロコフィエフ「ロミオとジュリエット」、ドボルザーク「新世界」など名曲が躍動感を持って流れる。そしてベネズエラのデモで傷つく人々の映像が差しはさまれる。つらい状況の中で美しい音楽を奏でることの意味、芸術の存在価値を問われる。ドゥダメルの発言の背景には、米欧や日本の音楽家には想像できない現実がある。彼が背負っているものが異なるのだ。音楽が社会にとって必要不可欠なものであることを、ポジティブなドゥダメルは体現し続ける。
公開情報
10月4日から、角川シネマ有楽町、テアトル梅田、ほか全国順次公開。
(江原和雄)