1969年10月10日、キング・クリムゾンのデビューアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』がリリースされた。このアルバムは、ロック界に多大な影響を与え、そのジャケットのインパクトも有名だ。さらに、このアルバムに収録された曲をカヴァーした西城秀樹が「伝説」と呼ばれるようになった。
キング・クリムゾンの前身バンド、ジャイルズ・ジャイルズ&フリップは、ヒット曲が出ず行き詰まっていた。しかし、イアン・マクドナルド、ピート・シンフィールド、グレッグ・レイクが加わり、1968年に5人組のキング・クリムゾンが結成された。1969年1月、バンド名はシンフィールドが作詞した『クリムゾン・キングの宮殿』から取られた。
キング・クリムゾンは、難しいフレーズやリズム、複雑な展開を正確に演奏するテクニックと即興演奏の緊張感、シンフィールドの歌詞が描く現実離れした世界観で、瞬く間に評判を呼び、レコードデビュー前から大舞台に立つ機会を得た。
1969年7月5日、ロンドンのハイドパークで25万人以上が集まったローリング・ストーンズの追悼コンサートに、キング・クリムゾンは出演した。彼らは『21世紀のスキッツォイド・マン』で幕を開け、強烈なサウンドで会場の空気を一変させ、わずか40分弱で7曲を演奏した。最後はサイレン音が鳴り響く中、地響きのような歓声と拍手が送られた。
このパフォーマンスは各メディアで称賛され、キング・クリムゾンの名前と評判は広く知れ渡った。3か月後の10月にリリースされたデビュー・アルバムは全英5位の大ヒットとなった。
『クリムゾン・キングの宮殿』には、9分近い大作『エピタフ(墓碑銘)』が収録されている。この曲は、幻想的なメロディと独自の世界観で人気があり、歌詞では「死」や悲劇が描かれている。当時のカウンター・カルチャーの時代背景もあり、日本のリスナーにも身近なテーマに感じられた。
1979年、西城秀樹は『エピタフ』をカヴァーし、後楽園球場のステージで激しい雨と雷鳴の中で熱唱した。この日のライブは、コンディションが最悪に近かったが、西城秀樹のパフォーマンスは歌と演奏が完全に一体化し、伝説的な瞬間となった。この日のハイライトは、2枚組のライブ盤『BIG GAME ’79 HIDEKI』に収録されている。
西城秀樹は、ロックが心から好きで、研究熱心だったため、積極的に洋楽を取り上げていた。キング・クリムゾンと西城秀樹の意外な繋がりを感じながら、伝説の『クリムゾン・キングの宮殿』を聴くのも良いだろう。